息子(小学3年生)は、昨年末合気道を習い始めた。
初めて行った体験の日。
2時間の練習の間で、姿勢が良くなり、礼の動作、
先生の指導に対する集中、初めて行った膝行が
上達するなど、様々な効果が短時間に出たのには
とても驚かされた。
合気道の開祖、植芝盛平先生が86年の生涯において、
たゆまぬ求道鍛錬の結果得た「天地人和合の道」。
体を鍛え、技を磨くことによって気と心を鍛え、
平和と愛の力、即ち真の和を求めようとする
合気の精神。
初めて行った体験の日。
2時間の練習の間で、姿勢が良くなり、礼の動作、
先生の指導に対する集中、初めて行った膝行が
上達するなど、様々な効果が短時間に出たのには
とても驚かされた。
合気道の開祖、植芝盛平先生が86年の生涯において、
たゆまぬ求道鍛錬の結果得た「天地人和合の道」。
体を鍛え、技を磨くことによって気と心を鍛え、
平和と愛の力、即ち真の和を求めようとする
合気の精神。
翁はつねづねこう言いました
『合気とは敵と戦い敵をやぶる術ではない。
世界を和合させ、人類を一家たらしめる道である』
合気道は、相手と相和して切磋琢磨をはかり自己
の人格完成を目指す武道。
『合気道というのは無抵抗主義である。
無抵抗なるが故に、初めから勝っているのだ。
邪気ある人間、争う心のある人間は、
はじめから負けているのである。
では、いかにしたら己の邪気をはらい、
心を清くして、宇宙真理万象の活動と
調和することができるのか。
それには、まず、神の心を己の心にすることだ。
それは上下四方、古往今来、宇宙の隅々にまで
およぶ、偉大なる「愛」である。
「愛は争わない。」「愛には敵がない。」
何者かを敵とし、何者かと争う心は、すでに
神の心ではないのだ。
これと一致しない人間は宇宙と調和できない。
宇宙と調和できない人間の武は、破壊の武であって、
真の武産(たけむす:神道の真理の言葉)ではない。
だから武技を争って、勝ったり負けたりするのは
真の武ではない。
真の武はいかなる場合にも絶対不敗である。
すなわち、絶対不敗とは絶対に何ものとも
争わぬことである。
勝とは己の心の中の「争う心」にうちかつことである。
与えられた自己の使命をなしとげることである。
しかし、いかにその理論を難しく説いても
それを実行しなければ、
その人はただの人間にすぎない。
合気道は、これを実行してはじめて偉大な力が加わり、
大自然そのものと一致することができるのである。』
「愛は争わない。」「愛には敵がない。」という
宇宙の真理。
自己の心身を鍛えることで、そのことを身につけて
いく合気道は、実にすばらしい。
参考:「植芝盛平と合気道」
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