『大震災を越えて、復興に自然との共生を活かす』

昨日参加した「被災地と企業のためのグリーン復興研究会」
(主催:日経BP環境経営フォーラム)。

NPO法人 森は海の恋人 の副理事長、畠山信さんの講演は大変すばらしく、
現地の実情がよくわかるものであった。

東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県気仙沼市
畠山さんを始め多くの漁師の方たちが、牡蠣養殖の再開を目指している。
若い世代が森・里・海のつながりという理念を取り入れて、新たなまちづくりに
奮闘している。
「森は人の心持ち次第で、よくもなり悪くもなる」という信さんの言葉。
まさしくそう思う。森を守る現場にいる方の言葉だけに、よけい心に響いた。

大震災から1年が経ち、現地では問題が未だ山積だという。
高台移転、防潮堤、土地の嵩上げ、道路整備、ガレキ撤去など。まだまだ
片付いていないのが現状。

畠山さんが住居する唐桑町内の幾つかの集落で、防潮堤に関して意見を聞いたという。
集った地域の全ての方が不要と考えているという。理由として、
・海の様子が見えたことで被災を免れたケースが多い
・防潮堤ができたら景観が完全に破壊される
・防潮堤に莫大な税金を使うよりも、避難路の確保、防災教育に資するべき


前例のない大津波が来た、という自然の猛威をあらためて学んだはずが、
また懲りもせずハードで対抗しようとしている行政。外国のメディアからは、何と
愚かなことをまた、と言われている。




信さんは、NPO法人 森は海の恋人 の理事長である畠山重篤さんの三男。
重篤さんと一緒に、森・川・海の流域全体を一つの共同体としてとらえ、
森づくり・環境教育・自然環境保全に関する3つの事業を行っている。
豊かな海の恵みを将来にわたって多くの人々が享受し、人と自然が調和した
豊かな社会の構築に寄与するということを願いながら


講演の終了後、挨拶させていただいた。私も信さんと同様にC.W.ニコルさん
元で自然環境保全を学ぶ学校に通っていたこと(信さんは4期生、私は6期生)、
そして気仙沼を含めて太平洋やオホーツク海の漁場を支える栄養分の源である
極東ロシア・タイガの森を保全する活動(タイガの森フォーラム)に
私が関わっている
ことを話すと、大変興味を持ってくれた。
これから、タイガと気仙沼、森と海とが素敵な連携を始められるかもしれない。




先日お聞きした安藤忠雄さんの話に、現代日本の大人・子供に
欠けており、今後必要なものとして”野生”
を挙げていた。自然の中に身を置き、
身をもったやりとりを行い、大小の命の営みを見つめるということが大切であると。
以前、小野田寛郎さんにお会いする機会を得た際にも、同じように
おっしゃっていた。

信さんは大津波が来た時、海上にいたという。波の動きを冷静に見ながら、急いで
一番近くにある大島まで泳いだ
。そして島に着くと、火事が起きたことを知り、
若者たちを集めて、水場のない島の中、海の水をバケツに運んでトラックに載せて
消火活動にあたった
。そして休む間もなく、家を失ったお年寄りたちが避難して暖を
とれるように薪を燃やし、ブルーシートでタープを貼り、動ける御婆さんたちに頼んで
残された鍋でお米を炊いてもらった
・・

そして4日間、島で避難活動のリーダーシップをとりつつ、救助に来た自衛隊のヘリで
唐桑のお父さんの家に戻ったという。自分の家は津波に流されてしまっていた
好きなロッククライミングの道具を全部流されてしまったのは痛かったなぁ、と
からっとしている信さんは強い。
信さんのように、野生のたくましい身心を持った子供たちが、これからの日本には必要だ。
もちろん自分の息子にもそうあってほしいと願う。

将来、タイガの森と唐桑の海で世界の子どもたちが学び合う、そんな夢のような
ことを実現したい。信さんと懇親会でいろいろな話をしながら、私の大きな夢が
広がった。頑張ろう!



”人と自然を調和しながら『持続可能な未来』を共創する”