『耳をすますと森が教えてくれた』

「森には何一つ無駄がない
植物も動物も微生物もみんなつらなっている
一生懸命生きている

一種の生きものが森を支配することのないように
神の定めた調和の世界だ

森には美もあり愛もある はげしい闘いもある
だがウソがない。」

「どろ亀さん」こと高橋延清先生。
生前、北海道富良野にある東京大学農学部附属北海道演習林で、

研究し続けた世界的に著名な林学者。

同演習林は、北方林業、林学の教育研究を目的に、

明治32年に創立された総面積22,890ヘクタールの大森林。

森が先生であり教室だからと、東京の教壇に一度も立たなかった

どろ亀さん


私は1999年に演習林を訪問することができ、その世界観を表す

「樹海」で人と生き物の調和がとれた森とはどんなものかを

感じた。

東西20キロ、南北16キロに広がる世界でも有数のこの美林は、

森林植物帯では温帯北部から亜寒帯南部に属している。

 

主な樹種はトドマツ、エゾマツ、アカエゾマツ、ミズナラ、

シナノキ、ウダイカンバ、ダケカンバ、イタヤカエデ等

はじめ約40種を数える。

野生植物は106科、372種、114変種におよんでおり、
その数は数百万本。

天然林は全体の85パーセントを占め、他に各種の学術参考林、

試験林、保存林、森林植物保護区、植木園等がある。


森林全体を109の林分に分け、林分施業法の実践と共に、各種の

調査、研究が続けられている。

広大な演習林の中には、680キロに及ぶ林道が設けられ、

標高差や土壌の変化などにより樹種が異なっているのが

一目瞭然に見える場所もある。

”夜中だった。
とつぜん演習林の仲間から電話がかかってきた。
昨日の台風で、樹海が大被害を受けたという。  
あれほど元気な仲間が泣かんんばかりの声である。  

どろ亀さんは、北見に別の仕事で行っていて、責を果たす

とすぐに演習林へ直行した。  

あっ、あの天をついて立っていたオオバボダイジュの姿が

見えない。倒れてしまったのだ。  


その前に立っていたすばらしいヤチダモたちも
バタバタと倒れていた。
かつて何度も雨宿りし、いろいろのことを教えてくれた
巨大樹のエゾマツさんの姿も見えない。  

知っているあの木もこの木もみんな倒れてしまったのだ。
イタヤカエデさんは胴体を縦に裂かれ、斜めに立ったまま、

何やら叫びつづけているようだ。  

 
峰を越えると、あの力強く美しかった理想の択抜林も
全滅だった。残念無念。仲間たちは肩を落とし、無言の

ままだった。”  

1981年、台風15号の直撃により、樹海は重傷を

負ってしまいます。その時、どろ亀さんは悲しくて

一晩中、森を歩きまわったといいます。


”どろ亀さんの目から涙が落ちた。  
無理もない。仲間たちと、この山と取り組んで数十年。  
理想の森林を夢みて汗を流してきたのだ。  

愛があるからだ。  

その夜、どろ亀さんは一人で川松沢の山小屋に
泊まった。そして夜中に一人で森を歩き回った。  

倒れた木とお別れしたかったし、傷ついた木や
動物たちを見舞いたかったからである。  
夜の森はいっそう悲しかった。  


まず恩師のエゾマツさんのところにいった。  
「どろ亀くんか、よく来てくれた。
わしはもうだめなんだ。 もう立てんよ。

日一日と水分がぬけて体が乾いてゆくのが
よくわかる。気も遠くなってきた。
もうじきこの森ともお別れだよ。     

自分はこの森で四百数十年も行き続けてきた。
さまざまのことがあった。
だが、このような強烈な台風に直撃されたのは
初めてである。  

でも、大樹海の遠くの森でも、数十年から百年に
一度くらいの割合で台風にやられている。

これは風の神のなせる業で仕方がないことさ。  
気を取り戻しなさい。あせってはいけない。
時を待つのだ。  数十年もすれば・・・」  

と、だんだん声が低くなり、あとは何も聞こえて
こなかった。
どろ亀さんは、頭を垂れ、「ありがとうございました」
と、別れを告げた。

エゾフクロウさんは、「夜の道は不案内だろうから」
といって、小屋近くまで送ってくれた。  

お別れのとき、「どろ亀さんもだいぶ年のようだ。
腰が痛そうだ。お大事に」といわれ、ホロリとした。  

翌日どろ亀さんは、山の仲間たちに、「風害処理、

よろしく頼むぞ」といって、一人ひとりの手を固く

握って別れた。  


その後、一ヶ月ほどたって、再び演習林を訪れた。  
山の仲間たちは懸命に働いていた。
ありがたかった。心の中で手を合わせた。”


どろ亀さんは、そのときの心境を「蘇生」という詩
に託します。  


”樹海は重傷なのだ
だが、樹海は大きな大きな生命力を秘めている
仲間たちは立ち上がっていた    
力をあわせ汗をながしていた
     
愛があるからだ    
夢があるからだ        

歳月は流れてゆく    
風害の跡もやがて、消え失せて
美しき理想の大森林として    
再びよみがえり    
 
永遠なるものを深きものを    
感動を    
人びとの心に    
人びとの心に・・・・」 
(「樹海 (夢、森に降りつむ)」)

”人と自然を調和しながら『持続可能な未来』を共創する”