『子どもたちの能力を信じ、その力を引き出す努力』

2008年、「トトロのふるさと財団」記念シンポで宮崎駿監督と一緒に登壇できるという、大変ありがたい機会をいただきました。
その時のことを懐かしく思い出し、以前書いたブログを転載します。
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「子どもたちの能力を信じ、その力を引き出す努力」2008.11.30記

昨日、「トトロのふるさと財団」記念シンポ宮崎駿監督と一緒にパネリストとしてお話をさせていただきました。

これは、映画「となりのトトロ」の舞台で、東京都と埼玉県の境に広がる狭山丘陵の自然保護に取り組んできた 「トトロのふるさと財団」が、設立10周年を迎え、その記念に開かれたもの。

同財団は、会員から寄付を募り土地を買い取るナショナルトラストの手法で、里山の環境保全に取り組む日本で初めての財団法人。これまでに約1万5千平方メートルを取得

私は所属する会社が財団の応援を行えるように動き、その後環境ボランティアリーダーの社員たちと共に、里山の保全を積極的にお手伝いしてきたことから、同財団とのつながりを持った者のご縁で、登壇の栄誉を頂きました。
当日のパネルデイスカッションのパネリストは、所沢市在住で財団顧問でもある宮崎駿監督
や私など5名。監督は、「美しい風景が少しずつできている」と10年間の財団の活動を評価され、自然保護活動についてこう述べられました。

「いろんな所で俺のやり方が正しい、いやこっちの方が正しいとやりあってうまく進んでいない所が、日本のあちこちにある。正しいという言葉をみんなが使いあうから、おかしくなるのです。正しいということの押し付けはもうやめましょう。

私は自宅の300M範囲の中で関わることだけに絞って責任持つようにしています。毎日ごみ拾いを行うとか、変な開発が起きないように気をつけるとかしています。でも、狭山丘陵はトトロの名前を使ってもいいと言った時点で縁ができたので、範囲を超えて応援することにしています」


「ルパン三世カリオストロの城」、「風の谷のナウシカ」、「天空の城ラピュタ」、「となりのトトロ」、「もののけ姫」、「千と千尋の神隠し」、そして「崖の上のポニョ」など幾多の名作を生み出してきた、世界中に多くのファンを持つ映画界の巨匠。私は10代の頃から現在に至るまで、これらの名作に感動し、物語の奥深さに深く引き込まれてきました。

初めて間近に接し、横に座ってお話をさせていただくことのできた至福の時間の中で感じた監督の姿。
何を描くにも自分が見てきた風景を必ず基礎にする、というその姿勢から語られる言葉
を横で聞きつつ感じたことは、物事の有り様をシンプルにかつ普遍的なものに捉えようと
するこだわり
でした。

誰でも通る、誰でも感じる、人生の社会での様々な喜怒哀楽を、いかに普遍的に表現するか
ということのために、深く深く掘り下げていくことを徹底されている、大いに尊敬すべき愛すべき頑固な名職人の姿。かつて黒澤明監督は「もののけ姫の推薦文」に、こう書いています。

「私は、日本のアニメーション映画のファンである。見ていて、ニコニコ笑ったり、ポロポロ泣いたりしている。自然で素朴で理屈っぽくないのがいい」
まさしくこの自然で素朴で理屈っぽくないというのが宮崎駿監督。
シンポジウム終了後に開かれた懇親会。大変ありがたいことにここでも隣席となり、いろいろなお話をざっくばらんにうかがわせていただくことができました。

「今、私たちの社会は潜在的な不安に満ちています。私たちの職場(スタジオ・ジブリ)でも、それは同じです。自分のかわいい子どもたちにどんな未来が待っているかということについて、非常に大きな不安を親たちが持っています。

それから、子どもをどういう風に育てたらいいのかということについても大きな不安を持っています。それで映画を作りながら、私たちはジブリで働いている人間のための保育園を作ってしまったのです。

地方自治体から補助をもらうと、いろいろややこしいことがくっ付いてきますので、好きなことをやるために、まったく企業負担でやることにしました。
この国に立ち込めている不安や将来に対する悲観的な考え方は、実は子どもたちには全く関係ないことなのです。つまり、この国が一番やらないといけないことは、内部需要を拡大するための橋を造ったり、道路を造ったりすることではなく、子どもたちのための環境を整えること。
常識的な教育論や日本の政府が言っているようなくだらないようなことではなくて、ナショナリズムからも解放されて、もっと子どもたちの能力を信じてその力を引き出す努力をやれば、この国は大した国になると信じてます。


実際に子どもたちを取り巻いている環境は、私たちのアニメーションを含め、バーチャルな
ものだらけです。テレビもゲームもそれからメールもケータイもあるいはマンガも、つまり私たちがやっている仕事で子どもたちから力を奪いとっているのだと思います。

これは私たちが抱えている大きな矛盾でして、「矛盾の中で何をするのか」をいつも自分たちに問い続けながら映画を作っています。でも同時にそういう子ども時代に1本だけ忘れられ
ない映画を持つということも、また子どもたちにとっては幸せな体験なのではないかと思って、この仕事を今後も続けていきたいと思っています」
シンポジウムは無事に終わり、舞台裏でホッとした和らいだ気持ちで監督とお話していると、(当時5歳の)息子が寄ってきました。その姿を向こうに見た監督は、腕に抱えていた絵本「となりのトトロ」をぱっと見て、監督は「はい、握手」と手を差し出してくださったのです。シンポジウムに来ることをとても楽しみにしていた息子は、 すこし照れながらも、とっても嬉しそうに監督と握手していました。


監督がサインに書いてくれた中トトロの絵を見ては、うれしそうにする息子にとっても、私にとってもまさしく一生の宝の時間をいただいた幸せな日となりました。