天皇、皇后両陛下が53年振りにインドを訪問されています。
ムカジー大統領主催の晩餐会に出席された天皇陛下は、乾杯のあいさつで、6世紀の仏教伝来や、奈良時代に多くの寺院が建立された歴史に触れ、第2次世界大戦前にインドの詩人タゴールが来日し歓迎されたことなど、近代の活発な日印交流にも言及されました。
53年前に初めて訪印した際、独立当時からの国の指導者たちと接した事について、『民主主義、国際主義、さらには非暴力を旨としたガンジーの流れをくむ平和主義を理想とする高い志に触れたことは、私どもの中に強い印象として刻まれています』と語られました。
ラビンドラナート・タゴールは、近代インドの最高峰の詩人、思想家。アジアで始めてのノーベル文学賞を受賞しています。 詩聖として尊敬される他に、音楽・戯曲・小説・ 絵画・思想・哲学など、あらゆる面で優れた才能を開花。 その深い智恵と高い精神性は、多くの人達に多大な影響を与えました。
タゴールのすばらしい詩。
『いまから百年後に、わたしの詩の葉を、心をこめて読んでくれる人、君はだれかーいまから百年後に?
53年前に初めて訪印した際、独立当時からの国の指導者たちと接した事について、『民主主義、国際主義、さらには非暴力を旨としたガンジーの流れをくむ平和主義を理想とする高い志に触れたことは、私どもの中に強い印象として刻まれています』と語られました。
ラビンドラナート・タゴールは、近代インドの最高峰の詩人、思想家。アジアで始めてのノーベル文学賞を受賞しています。 詩聖として尊敬される他に、音楽・戯曲・小説・ 絵画・思想・哲学など、あらゆる面で優れた才能を開花。 その深い智恵と高い精神性は、多くの人達に多大な影響を与えました。
タゴールのすばらしい詩。
『いまから百年後に、わたしの詩の葉を、心をこめて読んでくれる人、君はだれかーいまから百年後に?
それでも、ひととき君は南の扉を開いて窓辺に座り、遙か地平の彼方を見つめ、物思いにふけりながら心に思いうかべようとするー
百年前の、とある日に、ときめく歓喜のひろがりが、天のいずこよりか漂い来て、世界の心臓(こころ)にふれた日のことをー
いっさいの束縛から解き放たれた奔放で うきうきした若やいだ早春(ファルグン) の日のことをー
羽ばたく翼に 花粉の香りをいっぱいのせた南の風が、にわかに吹き寄せ青春の色調で、大地を紅く染めたのをー
いっさいの束縛から解き放たれた奔放で うきうきした若やいだ早春(ファルグン) の日のことをー
羽ばたく翼に 花粉の香りをいっぱいのせた南の風が、にわかに吹き寄せ青春の色調で、大地を紅く染めたのをー
昔の時代から百年前に。
その日、生命たぎらせ、心に歌をみなぎらせて、なんと詩人は目覚めていたことか、どんなにか愛をこめどんなにか多くの言葉を花のように咲かせたがっていたことか!百年前のとある日にいまから百年後に君の家(うち)で、歌って聞かせる新しい詩人は誰か?今日の春の歓喜の挨拶を、わたしはその人に送る。わたしの春の歌が、しばし君の春の日に、こだましますように。
君の心臓(こころ)の鼓動のなかに、若い蜂たちのうなりのなかに、そして、木の葉のざわめきのなかにも、こだましますように。いまから百年後に。』
タゴールは自然教育にも力を注ぎ、シャンティニケタン(平和の郷)に、タゴール国際大学を設立。インド国歌・バングラディッシュ国歌の作者としても名高い、このインドの詩聖を日野原重明先生はこう語っています。
「81歳になる前、彼は「最後のうた」を作りました。次の誕生日には私はこの世にいないであろうという書き出しで始まり(実際、彼は次の誕生日を目前にして亡くなったのです)、与えるべき全てを与え尽くしたので、今はからっぽになった頭陀袋を背負っている。
その返礼として愛と赦しが得られるのなら、私はそれを携えて旅立とうという、心が洗われるような詩です。そして死の近づいた者に大切なのは〔こころの友〕であるという意が込められています。
又、人生は川のようなものでだんだん海(死)に向かって流れていくという考えを書いています。この人間の魂が死後も永遠の世界にずっと続くという考えは、東西が合一する宗教的なものの考え方です。
現代は感性の乏しい世界が展開しています。一体どうすれば人は感性豊かになれるのでしょうか?それを考えてみて私が気付いたことは、人間の命を素晴らしい感性で表現した作家に触れることによって、それが私たちに可能になるということです。
タゴールやリルケ(オーストリアの詩人)などの作品を通して、彼らの素晴らしい感性のひとかけらでも頂いて、私たちの感性を豊かに育てていきたいものです。」
百年後、この社会はどのようになっているのか?持続可能な社会に?それとも・・・?その鍵は私たちの思考と行動にかかっています。私は前者を望み、歩を進めます。そしてタゴールは励ましてくれます。
「古い種子は生命の芽を内部に持っている。それはただ、新しい時代の土壌に蒔かれる必要があるのだ。」
「81歳になる前、彼は「最後のうた」を作りました。次の誕生日には私はこの世にいないであろうという書き出しで始まり(実際、彼は次の誕生日を目前にして亡くなったのです)、与えるべき全てを与え尽くしたので、今はからっぽになった頭陀袋を背負っている。
その返礼として愛と赦しが得られるのなら、私はそれを携えて旅立とうという、心が洗われるような詩です。そして死の近づいた者に大切なのは〔こころの友〕であるという意が込められています。
又、人生は川のようなものでだんだん海(死)に向かって流れていくという考えを書いています。この人間の魂が死後も永遠の世界にずっと続くという考えは、東西が合一する宗教的なものの考え方です。
現代は感性の乏しい世界が展開しています。一体どうすれば人は感性豊かになれるのでしょうか?それを考えてみて私が気付いたことは、人間の命を素晴らしい感性で表現した作家に触れることによって、それが私たちに可能になるということです。
タゴールやリルケ(オーストリアの詩人)などの作品を通して、彼らの素晴らしい感性のひとかけらでも頂いて、私たちの感性を豊かに育てていきたいものです。」
百年後、この社会はどのようになっているのか?持続可能な社会に?それとも・・・?その鍵は私たちの思考と行動にかかっています。私は前者を望み、歩を進めます。そしてタゴールは励ましてくれます。
「古い種子は生命の芽を内部に持っている。それはただ、新しい時代の土壌に蒔かれる必要があるのだ。」
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