『Reason for Hope』

自分の運命を知るような出来事は、そう多くの人に
起こるわけではない。

だが霊長類学者ジェーン・グドールさんは、そんな
出来事に遭遇した数少ない一人。


1960年7月14日
の朝、彼女はタンガニーカ湖
小石に覆われた人けのない岸に船で到着した。

現在のタンザニアの西部にあたるこの場所は、
当時、宗主国だった英国が1943年に設立した
ゴンベ・ストリーム動物保護区の一角。

ジェーンさんが持参したのは、テントが一張りとブリキ
製の皿が数枚、取っ手のないコップ、安物の
双眼鏡だけ


同行者は、ドミニクという名のアフリカ人のコック、
そして自分の母親


彼女は、チンパンジーの研究にとにかく挑戦して
みるつもりで、この地にやって来た。

成功の見込みはないとみる人も周囲にはいたが、
ジェーンを指名した古生物学者ルイス・リーキーは、
彼女がこの研究をやり遂げると確信していた。

ジェーンさんは母親とともに午後いっぱいかけてキャンプ
を設営。午後5時頃、誰かがチンパンジーを見かけた
という知らせが届いた。

「現場に行くと、確かにチンパンジーがいた」

その夜、彼女は日誌にそう記している。
だがチンパンジーは、遠くにかすかに見えただけだった。

「その姿を見つけた漁師たちのいる斜面まで行くと、
チンパンジーは逃げていった。
隣の斜面にも登ってみたが、チンパンジーが再び
姿を現すことはなかった」


それでもジェーンさんは、近くの木の枝が何本もたわみ、
平たくなっているのを見つけた。チンパンジーの寝床だ。

この寝床に関する記録が、現代の生物学を代表する
壮大なフィールド研究の出発点
となった。

以来、ジェーンさんは仲間の研究者とともに、ゴンベに
生息するチンパンジーの行動を50年もの間、
詳細に記録し続けてきた
のである。

ゴンベでの研究を開始した時、若きジェーンさんは英国
で秘書の養成学校を卒業しただけで、科学者としての
研究実績がないどころか、学士号すら取得していなかった。


だが、幼い頃から動物が大好きで、いつかアフリカで
動物を研究したいと夢見ていた彼女は、聡明で、
気力に満ちていた


ゴンベに到着して最初の数週間は、悪戦苦闘の
連続
だった。研究方法をあれこれと模索していたし、
マラリアと思われる発熱にも苦しんだ。

うっそうとした森に覆われた山地を何キロも歩いては
みたが、チンパンジーにはほとんど出合えなかった。


だがやがて、灰色のあごひげを生やした雄のチンパンジー
が、驚くべき信頼の態度を示した。ジェーンさんが近づいても
逃げ出さなかったのだ。

彼女は、この年老いたチンパンジーを「灰色ひげのデビッド」
と名づけた。

デビッドのおかげもあって、彼女は自然人類学の常識を覆す
、三つの発見
を成し遂げた。

まず、それまで草食動物と考えられていたチンパンジーが
動物の肉も食べる
こと。
次に、チンパンジーが道具を用いること(植物の茎を使った
シロアリ釣り)


そして最後に、それまで計画能力を持つ人間だけの特徴と
みなされていた、道具を作る(植物の茎から葉を払い落とす)
能力
が、チンパンジーにもあるということだ。

これらの発見により、従来、ホモ・サピエンス(現生人類)と
パン・トログロディテス(チンパンジー)を隔てると
考えられてきた知性と文化の差は一挙に縮まった



三つの発見の中でも最も画期的だったのは、チンパンジー
に道具を作る能力
があることを明らかにしたことだった。

これは「道具を作ること」を人間固有の能力と考えてきた
人類学界に大論争
を巻き起こした。

ジェーンさんの発見のニュースに快さいを叫んだ
ルイス・リーキー
は、彼女にあてた手紙にこうつづった。

「こうなると“道具”や“人間”の定義を一からやり直す
必要がある。さもなければチンパンジーを人間として
認めるほかない」

 これは歴史に残る一文となった。
人間の本質を追究する議論は、極めて重要な、新しい
段階に入った
のだ。

(ナショナル・ジオグラフイック2010.10号転載)
http://nationalgeographic.jp/nng/magazine/1010/feature05/


(写真は、2001年ジェーンさんが来日講演を行った
後に懇談した際の記念)

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ジェーン・グドール
野生チンパンジー研究家 1934年イギリス生まれ
子どもたちのための環境教育活動家

自伝「Reason for Hope」(邦題/森の旅人)
の原書
の見開き1頁目に、美しいジェーンのモノクロの
ポートレート
があり、キャプションに、故・星野道夫撮影
とあります。

ガイアシンフォニー第3番
の出演者であり、撮影開始
直前に亡くなったアラスカ在住の星野道夫さんが、
生まれて始めて訪れたアフリカが、タンザニアの
ジェーン・グドールさんのチンパンジー保護区


道夫さんが亡くなる半年前でした。
道夫さんとジェーンさんはスピリットで
結ばれていました


26歳の時、有名な人類学者ルイス・リーキの薦めで、
母ヴァンヌと共に、たった二人でタンザニアのジャングル
に入り、チンパンジーの観察、研究を始めたのです。

女性として生命にやわらかく接し、広い視野からの
研究は霊長類学会に大きな変化をもたらしています。
現在は、野生生物の保護、熱帯雨林の保護、子ども
たちの教育プロジェクト
を推進。
 
私が子どもの教育に取り組むようになったのは、ジェーン
さんの影響が大
です。

 












”人と自然を調和しながら『持続可能な未来』を共創する”