『社会主義の弊害と資本主義の幻想』

昭和天皇の87年余の生涯を、宮内庁がまとめた
「昭和天皇実録」の内容が公表されました。

国内外の公文書や元側近の聞き取りなど
3,152件の資料を基に編さんされ、計61冊で
約1万2千ページ



戦前や戦中、軍部の専横に不快感
を抱き、
戦争回避を模索しながら止められなかった
ことを、戦後も悩み続けたことが、あらためて
浮き彫りになっているそうです。

軍国主義の時代から終戦、戦後の復興、
高度経済成長
昭和から平成となって、既に
四半世紀
近くが過ぎます。

先日、読み直した『経済学と人間の心』(東洋
経済新報社)。

著者の宇沢弘文先生(東京大学名誉教授)は、
戦後日本を代表する経済学者ノーベル賞
候補
にも擬せられた経済学の泰斗。

長年の研究成果に対して1997年に文化勲章
を受賞されています。

宇沢先生は戦争時の日本政府・軍部の態度を
強く批判
されています。
第2次大戦中日本の軍人の死者は300万人に
近かったと推測
されていますが、ほとんどは
病死・餓死であったと指摘
し、「国体」の名
もとに行われたと強調しています。 

宇沢先生は、1983年文化功労賞を受賞します。 
上記のことなどから天皇制に批判的な考え方を
持っており、受賞の当初は違和感を持っていた
そうです。 



しかし、昭和天皇にこれまでの業績を披露した
際、陛下から次の言葉を投げかけられ、大の
天皇ファン
となります。

「君!君は、経済、経済というけれど、
人間の心が大事だと言いたいのだね」


自らの問題意識を掘り起こされ、コペルニクス
的転機となったお言葉
だったそうです。

市場の原理を「見えざる手」にたとえ、自由放任
を主張したアダム・スミス


公共事業など、政府が市場に介入することで
経済はうまくいくと主張したケインズ


ケインズ理論を批判し、再び自由主義に光を
当てた
のが、経済学者ミルトン・フリードマン
彼はシカゴ大学の教授として、多くの経済学者を
育て、彼とその弟子たちは「シカゴ学派」と呼ばれ
、政治に強い影響力を持つことになります。

人間にとって何よりも大事なことは自由である、
自由に行動することが最もすばらしいことなんだ、
人を殺したりものを奪ったりしてはいけないけれども
人に迷惑をかけなければ何をやっても自由
じゃないか
というフリードマンたち「シカゴ学派」、
「新自由主義」の考え。

米国では、レーガン大統領の頃から本格的に
広がった新自由主義政策
によって、貧富の差が
非常に大きくなり、巨大な格差社会が生まれました。

アメリカンドリームという、だれでも豊かになれる
チャンス
がある一方で、光と影の影の部分である
本当に貧しい人たちが増えている
、その格差が
一段と広がったんじゃないかという不満が高まって
います。 















 

2011年、ニューヨークのウォール街周辺でのデモ
をきっかけに、失業問題の改善や格差是正を
訴える運動が全米各地に広がり
ました。

これは、行きすぎた新自由主義によって生まれた
深刻な格差社会に対する、アメリカ国民の異議
申し立て
という一面があります。
 

アメリカ滞在が長く、門下生の中にノーベル賞を
受賞した経済学者、ジョセフ・スティグリッツ教授
も含まれていて、フリードマンがいたシカゴ大学
経済学部教授としてフリードマン理論に強く反対
した宇沢先生。

宇沢先生は、行きすぎた新自由主義をこう批判
しました。
「危険な市場原理主義者で、米国経済学を
ゆがめた。真に受けて起きたのが08年の
リーマン危機だ」


日本では小泉・竹中時代の2004年、派遣労働の
対象職種が原則自由化
されることが決まり、自動車
の生産工場など製造業の派遣労働が解禁されました。

その結果、リーマン・ショックによる不況で大量の
派遣労働者が契約を解除される派遣切り
が起きます。
これを機に、労働者派遣の規制緩和を進めた新自由
主義政策に対する批判
が高まっています。

経済学的な不安
が募る時代。
異次元の金融緩和は大丈夫か、自由貿易で農を
見捨て
てよいのかという声が聞かれます。

宇沢先生は、「社会的共通資本」の理念から、
市場原理に委ねてはいけないものがある
大気や水道、教育、報道などがそれで、
地域文化を維持するには一つとして欠かせ
ない
と説いています。

そして市場原理主義は、これらの社会的
共通資本を崩壊させることで、人々を搾取
してきました。
 

その理想は、地球環境、教育、医療を中心
とする社会的な共通資本の問題を、市民
一人ひとりが真剣に考え、 魂の自立を図る
社会の実現
。 

しかしそれは、人間の心を持ち込むことを
タブー視する経済理論の下では成立しにくい
もの。

宇沢先生は、1991年にローマ法皇から
100年振りの「回勅」を出すので、意見を
聞きたい
とバチカンに呼ばれます。

「回勅」( ラテン語:Encyclicae)
とは、
カトリック教会の公文書のひとつ。

ローマ教皇から全世界のカトリック教会の
司教へ宛てられる形で書かれる文書で、
道徳や教えの問題についての教皇の立場
を示す
もの。

1891年、時のローマ法王レオ13世
が、
「レールム・ノヴァルム」(新しいこと)を発出し
、当時世界の先進工業国が深刻な問題を抱え
ている中、新しい20世紀に向かってよりよい
世界を作るための心がまえ
を「回勅」に示します。


(産業革命以降、新しい工業都市で一般
大衆、特に子どもたちの生活が悲惨を
極めているのは、資本家が貪欲に自分たち
の利益を追って、労働者・一般大衆を徹底的
に搾取しているのが原因だと、厳しい表現で
糾弾。

その一方で、大勢の人たちは社会主義に
なれば問題は解決すると思っているがそれは
大間違いで、社会主義になった時には人間と
しての存在自体が危ぶまれると、これも厳しい
言葉で指摘。

そして、搾取とか階級的な対立ではなく、人類
が直面する問題を、お互いに助けあって解決
すべきであると、協同的な精神を強調)

宇沢先生に謁見したヨハネ・パウロ二世は、
こう言います。

「自分はポーランド生まれで、スターリンの圧政下、
ポーランドの人々の心と魂を守るために力を尽くし、
バチカンに来たが、経済学者としてのあなたに訊く
けれども、資本主義は信用していいのだろうか?」


「20世紀に入って、一時期は世界人口の3分の1
近くが社会主義圏に入ったことを、ヨハネ・パウロ二世
が非常に憂慮されて、1891年から100周年を記念して
『新しいレールム・ノヴァルム』をつくるので、協力して
ほしいというお手紙をくださったのです。

あとで知ったのですが、回勅の作成にアウトサイダー
が関わるのは初めてということでした。

私はすぐお答えして、新しい回勅の主題として「社会
主義の弊害と資本主義の幻想」(Abuses of
Socialism and Illusions of Capitalism)を提案
しました。

ヨハネ・パウロ二世は非常に喜ばれて、バチカン
でしばらくお手伝いをすることになったのです。


「社会主義の弊害」とは、社会主義の下、市民
の基本的権利は無視され、個人の自由は完全
に剥奪され、人間的尊厳は跡形もなく失われて
しまった。

特に、狂気に陥った独裁者スターリンの支配下
、ソ連全土が巨大な収容所と化し、何百万人と
いう無実の人々が処刑されたことなどを指して
います。

ところが、多くの人たちは資本主義になれば
いいと思っているが、それは大間違いで、資本
主義には社会主義に劣らない深刻な問題がある。

特に市場原理主義的な考えが支配しつつある
ことに焦点を当てて、考えを進めたわけです。

ヨハネ・パウロ二世は、私の社会的共通資本の
考え方に全面的に賛同されて、後年、バチカンに
生命を守るセンターや、カナダに地球環境問題に
関する大きな研究所を創るために力を尽くされた。


ローマ法王になられて三年後の1981年に訪日
され、広島、長崎へ行かれ、流暢な日本語で
「平和は人類にとっていちばん大切な共通の
財産であり、日本の平和憲法は社会にとっての
共通の財産である」と、社会的共通資本という
言葉こそ使わなかったけれども、それを守ること
の意味を強く強調された。

ヨハネ・パウロ二世のお仕事をお手伝いしたのは
私の人生でいちばん厳粛な、感動的な体験でした」
(宇沢 弘文著「始まっている未来 新しい経済学は
可能か」)


宇沢先生の持論に理解を示してくれた昭和天皇
やローマ法皇ヨハネ・パウロ2世とのやり取り
は、
人間社会の原点について考え直すヒントを提示
してくれるものです。

甲走った経済論争のあふれる中、宇沢哲学の
静謐さが胸に沁み
ます。

 















”人と自然を調和しながら『持続可能な未来』を共創する”