「歴史を学ぶことは、人生の案内人を雇う様なもの
です」
最近、あちこちで聞くようになった”リベラルアーツ”(教養)
とは、そもそもどんなものでしょう。
です」
最近、あちこちで聞くようになった”リベラルアーツ”(教養)
とは、そもそもどんなものでしょう。
調べてみると、異句異音で幅広い意味があり、正直よく
わかりにくいです。
・多彩な分野で活躍し、リーダーシップを発揮できる人材
を育てる学校
・学部の教育を重視している大学
・西洋世界の学術・学問の基礎・文理にとらわれず広く
知識を身につけながら、創造的な発想法を訓練する教育
システム
そんな中でしっくりきたのは、佐久間美帆さん(米国ウィリ
アムズカレッジ2年生)の言葉でした。
「授業では先生からどのように考えればいいか、というヒント
を質問の形でもらっていましたが、リベラルアーツで身につける
力というのは、このような質問を「自分で考える力」なのだと
思います。
つまり、生の情報を読んで、自ら質問を考える力、その質問
に対して論理的に答える力、そしてそれを人に対して説明
する力、というふうに、「読む―考える―説明する」という
ステップを自分でできるようにする教育を行っているように
思います。」
佐久間さんが履修した「アメリカで学ぶ日本近現代史」の授業
では、ペリーが来航してから現代までの日米関係史を、
様々な文献や映画を見て学ぶそうです。
福沢諭吉、堀田正睦、会沢正志斎、ペリー、ハリスらを
読む(日本人の著作は英訳で読む)。
日米どちらの視点も入れた多様な文献を読み、これらに
基づいて授業中はディスカッションを行うそうです。
「高校までは、教科書を読んで、事実関係を把握していく
というスタイルでしたが、この授業では、日米どちらの視点
を学ぶこともできます。
さらに、ディスカッションを通して、アメリカの学生がどのよう
にそれを捉えているかが分かるのでとても新鮮です。」
日本で習ってきた歴史の勉強は、知識がベースだったという
佐久間さん。
確かに日本でのそれは「何が起こったのか?を正しく把握
できているか」ということを重視して試験に問うものが主でした。
「それはそれで好きでしたし、一つ一つの事象を長い歴史
の中で把握することはとても大事です。
しかし、ウィリアムズカレッジでは、「なぜ」それが起こった
のか?「あなたは」どう分析しますか?ということがメインです。
「何が起こったのか?」という知識をベースに、それが
「なぜ」、「どのように」起こったのか、ということを文献をもと
に「自分で」考える、というのがアメリカでの歴史の勉強の
醍醐味ですし、そこが私はとても好きです。」
http://toyokeizai.net/articles/-/16730
かつて私は、小学校で厳しくも温厚であり、直に定年を迎える、
心密かに尊敬していた高橋先生から、ある時こう言われました。
「岸君、歴史を学ぶことは、人生の案内人を雇う様なもの
です。歴史はいろいろなことを教えてくれます。
特に昔の人がどう生きたかを知ることは、君の人生に必ず
役立つことでしょう。
一人でも二人でも尊敬する人を持って、目標にすることです。」
日本の歴史を学ぶことは、日本人としてのアイデンティティ
を持つことにつながる。
しかしその学び方は、偏った視野の狭いものでは意味が
ありません。
視野の広さで浮かぶのが、梅棹忠夫先生。
その大著「文明の生態史観」にて、文明の生態学的進化は、
「自発的に遷移する」か「外因的に遷移する」かで文明は
分類されると説かれました。
「生態」は「共同体の生活様式」のことであり、その生活
様式は「遷移」を起こすのであると。
私は生態学を学ぶ上で、梅棹先生のこの言葉に大きな影響
を受けました。
まさしく「サマリーでなく、アナリシスが歴史を学ぶにあたって
大事なこと」であると思います。
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